4月25日(日)父を連れて
彦根城へ行った。
彦根城は、三層白亜の天守を頂き、二重の濠に囲まれた城郭が400年前の姿をとどめる天下の名城。
初代藩主井伊直政(1601)より第十四代藩主井伊直憲(1860)に至るまでの260年間一度の国替えや城攻めもなく、いまなお彦根の象徴として三十万石の気高い雄姿を誇ります。(彦根市観光地図より)
夢京橋キャッスルロード隣の
京橋口パーキング(1時間¥100)。
濠を入った城から近い駐車場は1日¥400。
彦根城・玄宮園・彦根城博物館セット券¥1000

京橋・大手門券売所・大手坂を抜けると

天秤櫓がみえた、この廊下橋を渡る前に腹ごしらえ。

おじいさんとおばあさんでやっている茶屋で、お揚げが1枚のった
きつねうどん¥500
おいし~
時報鐘。
ちょうど12:00の鐘を鳴らしていた、なんともいい音色。
景色と音を楽しめる。
9時・12時・3時・6時に鳴らすようだ。

城だ!
なんだかかわいらしく見えた。
もみじの新緑がほんとうにすがすがしい。
初代藩主井伊直政は1575年15歳の時、家康に遠州(静岡)の井伊谷で二千石を授かる。
16歳の初陣で大功をたて一万二千石。
22歳の武田征伐で四万石。30歳の時、上野国箕輪城十二万石の城主となる。
のち関が原の合戦での大功にて石田三成の居城佐和山城(彦根市)の城主となって十八万石を授かった。
彦根に居城した直政はわずか一年で関が原での傷が因となり42歳の若さで一生を終えた。(彦根市観光地図より)
すごい出世だ。

城内。
クネクネした木を上手く使っているな。

さすがGW、城内は混んでいる…と思ったら

階段待ち。
このはしごのような急な階段を、上りと下りを半分に分けている。

天守最上階は、そう混んでなかった。

新緑の美しい観音台、黒門を抜け楽々園へ向かう
楽々園玄関
楽々園は、玄宮園とともに彦根藩4代井伊直興により建立された彦根藩の下屋敷です。
幕末の大老・井伊直弼もここで生まれました。(名勝・玄宮楽々園案内図より)

さすが立派な下屋敷だ。

楽々園内<地震の間>
江戸時代には、地震の時に逃げ込むための部屋を造った例はいくつかあったらしいが、現存のものはほとんどない。
玄宮園

玄宮園内でお茶によばれた。¥500
窓が開けてあり、心地よい風と景色を楽しみながらのお茶。
ホカホカカーペットが敷いてあり、これも心地よい温かさ。
うもれぎというお菓子がとてもおいしく、買って帰った。
うもれぎは井伊直弼が青春時代を過ごした館の名にちなんでつけられた名。
気軽な気持ちで、休憩できる。
馬屋城内に残る馬屋は彦根城だけ。
暗い中に、馬がいて本物かと思いギョっとした。
競走馬と違い、足も太くて短い馬だ。
この馬でなければ長い旅もできないだろうと思った。
博物館内の能舞台。
江戸時代のものを復元している。
能や狂言を観ることができる。一度見てみたいな。
博物館では国宝・彦根屏風を5月20日まで公開している。
素晴らしい屏風だ。
そのほか、ミドコロいっぱいの博物館は必見です。

博物館を出ると、
ひこにゃんがいた。
こどもたちが喜んでいた。
彦根城は、規模が小さいながらもさすが日本の
国宝四城(姫路城・松本城・犬山城・彦根城)の一つだけあってとても見ごたえがあった。
井伊直弼についても、幕末の大老で桜田門外の変で暗殺されたことぐらいしか知らなかった。
博物館で十三代藩主井伊直中の十四男で家督相続には全く関係ない生活のなかで、国学や茶の湯、禅などにも取り組んだ。のち兄弟である十四代藩主直亮の養子に入り、十五代藩主となったことを知った。
世の中、ほんとうにどう転がるかわからないものだと思う彦根城の旅でした。
ちなみに
建造物好きの父は、とても喜び構造だけ熱心に観察していた。これもまた城の見方だな~と感心。